松苗あけみ原画展の思い出

先日、漫画家の松苗あけみ先生の原画展に行った。

初日(2023/8/25・金曜)にSNSで「初期の点描がすごい(木馬館2の表紙のこと)」という感想を見かけ、その時初めて松苗あけみという作家の存在を知った。

検索してみても点描技術の高さが伝わる画像は見つからなかったが、描線や構図・色使いに衝撃を受け、土曜と日曜の午前中を使って『ゆううつ皇女の結婚』『不機嫌な伯爵』『放課後は恋のレッスンを』『君は最高のダイヤモンド』『十二月がくるたびに』を読んだ。

いまどきの性描写重視のティーンズラブが苦手でロマンチックかつハッピーエンドなハーレクインや少女漫画を心底愛している私にとって、これらの作品は完璧だった。

この機会を逃すという選択肢はなくなり、日曜の午後に吉祥寺のリベストギャラリー創へ向かった。

 

着いたのは13:00を過ぎていたが、この時点ではまだ展示自体の素晴らしさやサイン会での松苗先生の温かい対応・サインに添えられる魅力たっぷりの直筆イラストについてインターネット上であまり話題になっておらず、16:30の枠でサイン会に参加できた。

長年のファンと思われる方々が皆さん涙を流して先生に感謝を伝えていたのが印象的だった。

会期と自分の仕事の繁忙期がまるかぶりしていたので行かなかったが、翌週の土日は購入可能な原画の追加もあり大変な混雑だったらしい。

その頃私は『王子様の一番好きなもの』を読み焼き菓子やレースの描き込みの素晴らしさについてSNSで騒いでいた。

土曜に出勤した代わりに月曜(2023/9/4)に休みを取っていたので追加の原画を見るためにまた吉祥寺に行った。

購入可能とはいえ自分には手の届かない価格の原画たちの中で、サイズこそ小さいけれど極細の線で繊細に描かれた愛猫と松苗先生独特の筆跡でのコメントがびっしり書き込まれた作品が、奇跡的にまだ誰からも買われていなかった。

すぐスタッフの方に声をかけ、ドキドキしながら住所等を書いて渡し、支払いを済ませた。

会期はこの週の水曜に終了した。

松苗先生は連日在廊され、ひっきりなしにサインをし、大変お疲れになったのではないだろうか。

1回目に訪れた時はチェーンのカフェにあるようなシンプルな椅子に座ってサインをされていて心配だったが、2回目、サイン会開始前の椅子にはクッションが乗せられていた。

 

原画展では連載当時に松苗先生のイラストが表紙を飾ったぶ〜けが多数展示されていて、そこには逢坂みえこ先生のお名前もあり、リアルタイムで連載を追っていたかったと思わずにはいられなかったが、ギリギリ30代前半の今でなければ作家の存在を知ってすぐ作品を読み原画展へ足を運びサインをいただき原画を購入するという目まぐるしい行動は取れなかったとも思う。

原画展開催時点で松苗先生は画業46年、対して私が「漫画家・松苗あけみ」を知ってから原画を購入するまでの期間は11日だ。

正直、とてつもない才能と労力の結晶を、それも46年分、短期間に一気に浴びて、感動や興奮もすごいが疲労もすごい。

カフェインで無理やり眠らずに働いている時と同じ感覚で生きている。

 

今はゆっくり漫画を読む時間と松苗先生の描線を目に焼き付けるためのエネルギーを蓄えられていないので積読になっているが、余裕ができたら『優しすぎる花婿』から読書を再開したい。

代表作らしいので『純情クレイジーフルーツ』の最初の上下巻と続編を全巻購入してあるし、原画展の会場で売られていた『総特集 松苗あけみ-少女マンガをデザインする』と『桜の如き君を愛す』も楽しみだ。

『不機嫌な伯爵』が再掲載されていて松苗先生のイラストが表紙の『ハーモニィ8号 2023年8月号』も新品としてセブンネットショッピングに在庫が残っていたので、手元にある。

ひまわりを持って笑う少女の姿が愛らしい。

松苗あけみの少女まんが道』はぶんか社から出ている作品だが、装丁をまるっきりぶ〜けコミックスに寄せてある。

本物のぶ〜けコミックスを新品で購入することが不可能な今、新参者のファンにはとても嬉しい。

当時を知るファンにとっても、懐かしく嬉しい計らいなんだろう。

 

蛍光色やピンクの印刷の難しさも松苗先生の原画とグッズ・書籍を見比べることでよくよく理解できた。

松苗先生の原画には鮮やかで澄んだピンクやオレンジが多用されているのだが、印刷だと細く濃いピンクの線は臙脂色に近くなり、ごく淡いピンクから始まるなだらかなグラデーションは白と濃いピンクの2色に分かれてしまっている部分がある。

グラデーションで塗られているのは色白の女性の乳輪で、原画はとても上品でさりげない仕上がりなのだが、グッズ(カード)では乳輪の存在が強調されている気がして、勿体ないと思っている。

 

濃密な体験の記録をしておこうと思ったけど全然書ききれない。

きっかけとなった木馬館2の表紙の点描は凄まじかった。

どの作品も原画を見ているはずなのに塗りも線もなめらかすぎて実物が目の前にある感覚が持てず、どれだけ精度の高い指と目を持っているのかと圧倒された。

私は漆芸も好きなので、松田権六を思い出しながら眺めていた。

修正や枠の外へのはみ出しがほとんど無いところもすごかった。

とりあえず今は、購入した原画の到着が楽しみだ。